Nipponの表象

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プロパガンダ映画に描かれた「学校生活」(其の2)

プロパガンダ映画に描かれた「学校生活」(其の1) - Nipponの表象

板垣鷹穂の‟理想の学校”

『銃後の体育』の話に行く前に、国際文化振興会の映画ではありませんが、「日本の小学校」をテーマにした別の作品をひとつ紹介しておきたいと思います。

 

『日本の小学校生活』が製作された同じ年に、美術史家の板垣鷹穂が企画した『小学校』という文化映画が制作されています。

板垣は、民間団体である都市美協会(1926年結成)と東京日日新聞社に企画を持ち込んで実現しました。東京の公共建築物を主題とした「都市生活映画」シリーズの第一回作品として製作されました。

 

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この映画は、高輪台小学校という当時実在した小学校で撮影されています。高輪台小学校が選ばれた理由は明確で、この学校はいわゆる「復興小学校」のひとつなんですね。『日本の小学校生活』に登場する四谷第五小学校とともに、都会の中心にあるモダンな学校として知られていた、近代建築の学校です。そもそもこの映画は、日本の都市の学校建築が児童の健康や災害防止に留意して改善されつつある状況を紹介することが目的で作られたようです。

 

監督は、映画評論家としても知られている飯田心美が担当しました。実はこの映画も、『日本の小学校生活』と同じく、第7回世界教育会議で上映されました。

ただしこちらの映画の方は銀座ニュース劇場や松竹文化映画劇場などでも上映されようで、新聞社が関わっていたのでニュース映画という扱いでもあったのでしょうか。

 

残念なことに、この映画は現在フィルムが残っているのかどうかわかりません。当時の映画雑誌を調べると、スチール写真と内容紹介がありました。

 

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 この映画の内容は、都会の小学校の一日です。まず、映画の初めでは、藁屋根の小学校が木造に改造され、やがて頑丈な鉄筋コンクリート構造の校舎に建て替えられていく様子が示されます。そして次に、大きな窓や広い廊下、医療設備や体育館など、近代建築の校舎の中の機能的で衛生的な設備が紹介されます。そして、朝8時の校庭での朝礼から、小学校の一日が始まります。

 

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この映画には、『日本の小学校生活』と多くの共通する場面があります。ミシンを使った裁縫の授業や屋上庭園の場面のほかにも、国語の教科書を朗読する場面、理科室で顕微鏡を覗く場面、校庭での体操の場面など、イメージはよく似ています。

しかしそれぞれの映画がアピールしたいことは微妙に異なっています。

『日本の小学校生活』は、日本の近代的な学校教育を見せることが狙いでした。一方、『小学校』の方は、木造建築の学校が鉄筋コンクリート構造の学校へと改築され、それによって学校生活も近代化された、ということが最も強調したいことでした。

つまり『小学校』は、‟教育制度”よりも‟学校建築”がメインなんですね。

建築史に造詣が深い美学者・板垣鷹穂にとっては、初等教育よりも、近代建築が人間にもたらす効能の方がはるかに興味深い主題だったに違いありません。

 

ところで、近代的な学校建築を主題としているという点で、映画『小学校』が影響を受けたのではないかと思われる外国映画があります。

イギリスのドキュメンタリー映画『学校に於ける児童』です。

この映画については、1937年に、批評家の上野一郎が、「最近最も評判になってゐる映画」として紹介しています。

この映画も私は観ていません。おそらくイギリスのアーカイヴとかにはあるのでしょうが…。

当時の紹介記事からこの映画の内容を抜粋すると―――映画の前半では、最新の建築法によって建てられた「理想的な小学校」の校舎が登場します。そこでは、規律ある学校生活を送る児童の姿が映し出されます。後半では、今度は古く不衛生な旧式の校舎の小学校が登場します。そこでは、健康を損なう児童や、新しい教育法を採用できずに悩む教師の姿が映されます。

『学校における児童』の製作の目的は、イギリスの大多数の小学校の悲惨な現状を見せて、政府に学校建築の改良を訴えることでした。

 

一方、『小学校』の目的は、東京の震災復興事業の成果を見せることでした。

つまり、『学校における児童』は当局に現状を変えさせるために作られた映画なのに対し、『小学校』の方は当局の広報的役割を持つ映画だったということになります。

企画の意図が、まったく逆方向なんですね。

 

『小学校』についての当時の批評を探していたら、作家の宮本百合子による面白い映画評を見つけました。宮本は、監督の飯田心美から、画面の美に必要な光線のことを考えて、五月と秋晴れの一ヵ月の午前しか撮影しなかったという話を聞き、次のように書きました。

「画面の所謂芸術写真風な印画美であるが、私たち数人の観衆はこの文化映画として紹介されているもののつめたさに対して何か人間としてのむしゃくしゃが胸底に湧くのを禁じ得なかった。(中略)この映画が、現代小学校生活にふくまれている諸問題を真面目に率直に披瀝して識者の関心に訴えようとせず、画面の小奇麗さ、子供の整然さだけに観衆の興味を限ろうとしているのは遺憾であった」

ゴリゴリのプロレタリア作家だった宮本が、この映画を観ながら苦虫噛み潰したような表情を浮かべていただろうことが文面から想像できます。

確かに、雑誌に掲載された写真を見る限りでは、『小学校』で描かれた学校生活もまた‟きれいごと”の世界です。ましてや板垣が監修したのであれば、力が入るのは人間の描写よりも建築美でしょう…。

 プロパガンダ映画に現実そのものが描かれることはありません。しかし時が経ってみれば、 これもまた貴重な歴史資料です。

 

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(其の3)に続きます。

プロバガンダ映画に描かれた「学校生活」(其の3) - Nipponの表象