Nipponの表象

昭和戦前期・戦後期の写真・デザイン・映画をテーマに書いてます

モダニズム建築と御真影:写真集『ELEMENTARY EDUCATION』のなかの日本の小学校

国際文化振興会(以下KBS)は、戦前、KBS.PHOTOと呼ばれる写真ライブラリーの充実に努めていました。その理由はいうまでもなく日本の文化や風俗を外国人に紹介するうえで、写真の「一見にしかず」の特性が、文字よりも遥かに効果的だったからに他なりません。

 

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今回紹介したい『ELEMENTARY EDUCATION』(1942年・昭和17年)は、「Nippon Photo Series」という、写真による日本紹介のシリーズの第二巻にあたります。

この写真集、カメラマンがとても豪華です。土門拳、杉山吉良、木村伊兵衛、坂本万七、溝口宗博、若松不二夫。彼らは当時、KBSに委嘱され日本紹介の写真を量産していました。この写真集には、彼らが「報道写真家」を名乗っていたころの写真が80点掲載されています。しかも当時彼らが夢中になっていたリアル・フォトの手法で撮られているので、画面構成が美しく力強い。演出ありきの写真ではありますが、魅力があります。

しかし一方で、この本がただ単に日本の近代的な学校教育を紹介する目的だけではない特殊な内容であることも確かです。なにしろ、最初は菊の御紋のカーテンを背景にした教育勅語謄本の写真とその解説から始まるのですからーーー。

この写真集を見ると、当時の学校教育の目的が(児童本人のためというよりは)皇国のための優秀な国民を作ることにあったことがよくわかります。近代における優秀な国民とは、生産性が高く、社会的に有用であることを指しますから、システマティックな教育方法で知能の高い人間を量産していくことが、この時代における‟良い教育”ということになります。

この本はいったい、どういう人々(国)をターゲットにして製作されたのでしょうか?

KBSの事業方針が対欧米から対アジアへとシフトしていくのが1940年前後なので、日本の植民地・占領地を意識していると考えられます。KBSは、この写真集の中国語版も発行しています。

 

この本の構成は、尋常小学校(この頃なら国民学校でしょうか?)の一年生の入学式から始まっています。そして低学年の児童の授業を撮影した写真から徐々に高学年の授業の写真へと進み、最後は卒業式で終わります。最後のページには「仰げば尊し」の楽譜・歌詞付き、という行き届いた(?)つくりです。

男子生徒は制服(標準服)が多く、女子生徒はセーラー服など制服風の服装の少女も少しだけいますが、概ねブラウスやセーターにスカートなどの私服です。この写真集は複数の小学校に取材しているので、男子生徒の制服も、統一されている学校もあれば、似通ってはいるもののよく見れば同じデザインでない学校もあります。

難波知子さんの記事によれば、戦前の公立小学校で制服(標準服)がある学校はなかったそうです。そうであれば、この写真集に登場する学校は一部私立ということになります。

https://toyokeizai.net/articles/-/210258

 

 この写真集に登場する小学校は、復興小学校、つまりガラスと鉄筋コンクリートで造られたモダニズム建築です。残念なことに、学校名はキャプションにもどこにも記載されていません。KBSの映画『日本の小学校生活』に登場した四谷第五小学校もあります。全面ガラス貼りになった階段など、1930年代のインターナショナルスタイルで、本当にモダンな建物です。

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ちなみにネットで調べたところ、現在、この小学校校舎は2008年から吉本興業が10年契約で、新宿区からオフィス用に借りているようです。

港区の高輪台小学校に似た校舎も載っていますが、部分だけなので確定はできません。

 

さて、表題にある御真影ですが、当然のことながら御真影そのものは写真集には載っていません。校庭に造られた御真影を奉安してある奉安殿に向かって、全校生徒が朝礼する写真が載っています。

 

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奉安殿の背後には、銀座の泰明小学校に似たアーチ状の窓を持つ校舎がそびえています(細部が異なるので、泰明小学校ではないようです)。

奉安殿の建築様式も何種類かパターンがあるようです。この奉安殿は伊勢神宮などに見られる神明造です。両国国技館の土俵の上の吊り屋根と形がよく似ています。

モダニズムの校舎と神明造の奉安殿の組み合わせの無理やり感が、図らずもこの時代の‟ちぐはぐさ”を象徴するかのようです。

 

この写真集、ほかにも興味深いところがたくさんあります。ここ数年注目されている黒板アートが、実は戦前の教室にもあったんですね~~。

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もっとも、描くイラストはその日の授業で教師が話した内容に基づくものと決められていたようです。この写真のイラストは、東アジアの様々な国の子供たちが友好的に交流する様子を描いたもの。

 

ところで、この本の最後の方には、「本校児童貯金状況 昭和十六年度」と題された棒線グラフの表と「貯金くらべ」と題された折れ線グラフの表を眺める男子生徒たちの写真があります。

1930年代といえば、政府は財政難に苦しみ、戦費調達のために盛んに国民に貯蓄を奨励していました。国民貯蓄組合法というかなり切羽詰まった感じの法令が制定されたのが、昭和16年なんですよね。

はてさて、この写真を対外宣伝に使う意図とは何なのでしょうか??

子供まで動員した「貯蓄報国」キャンペーン。現在から見れば、この頃の日本の‟余裕のなさ”を物語る写真でしかないのですが。

 

「対外文化宣伝」と「教育」というテーマは、まだまだ分からないことがたくさんあります。