Nipponの表象

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国際観光局製作『日本の四季』(1933年)が『光画』同人にボコボコにされてた

過去に集めた資料を何気なくめくっていたところ、面白いものを見つけました。『光画』という戦前の写真雑誌に、国際観光局製作の観光宣伝映画『日本の四季』(1933年)についての作品評が載っていたのです。

 

『光画』は、写真家の野島康三が1932年に木村伊兵衛、中山岩太、写真評論家・伊奈信男とともに創刊した同人誌です。内容は、写真技術に関する記事だけでなく、当時の最先端だった「新興写真(ノイエ・フォト)」に関する論説や、モホリ=ナギの映画論など外国の映像・写真理論の翻訳を掲載したり、スタイケンやレンガー=パッチェの作品を紹介したりしています。

同人誌なので刷り部数は少なく、さほど購買数も多くなかったようです。しかしこうした高度な専門的内容を持つ雑誌が戦前に出版され、現在こうして参照できることは、日本の大きな文化的財産といえるでしょう。

ちなみに、『光画』については、飯沢耕太郎『写真に帰れ 「光画」の時代』(平凡社、1988年)という詳細な研究書があります。

 

さて、そんなどちらかといえば芸術志向の強い同人誌に、なぜ観光映画なぞの批評が載っていたのでしょうか?しかも伊奈信男、木村伊兵衛、野島康三、原弘、山内光など錚々たる人々がコメントしているのです。

 

どうやら...映画の内容が“ひどすぎる”ことが理由だったようなのです。

映画評全体につけられたタイトルは、「鉄道省製作映画『日本の四季』批判」。『光画』第2巻第7号(1933年7月)に掲載されました。

 

まず前文に、なぜこの映画について批判するのかという理由が述べられています。

鉄道省観光局によって製作された映画「日本の四季」が、愈々某社の手によって輸出されると聞く。この映画に就ては、是非の議論喧しく、或者はこれこそ国辱映画の見本であるといふ。

のっけからもうネガティヴです。

吾々もまた日本人として、このやうな映画の製作と輸出に就ては多大の関心を持つものである。此処に同映画に対する厳正なる批判を公表する所以である。

 

日本人として、こんな駄目な映画が輸出されるのを見過ごすことはできない…という責任感もしくは義憤でしょうか。

 

『日本の四季』は、観光局が映画による文化宣伝に力を入れ始めた頃の作品です。タイトル通り内容は四季のパートで分けられており、全部で45分程度の長さ。文化宣伝映画はだいたい10分から30分程度の長さが多いので、長尺といえます。

夏のパートは、海水浴や登山を楽しむ行楽客の姿や田植えをする農民などが映し出され、上高地や隅田川花火大会なども紹介されます。秋のパートは、菊の品評会に陸上競技会、ラジオ体操、富士山、ゴルフ、コメの収穫作業など。冬は、雪国の風景、皇居、明治神宮、日本のお正月、浅草、相撲、スキーなど。

 

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『日本の四季』より。(たぶん)上高地。

 

私が映画の内容を知っているのは、以前、東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)でこの映画を観たことがあるからです。しかし当時のノートを見ると、〈春〉のパートの記述がないので、完全版ではないようです。しかし完全でなくともフィルムが現存しているのは嬉しいですね。

 

戦前に作られた日本映画にも名作と呼ばれるものはたくさんありますが、この『日本の四季』のような官公庁が対外宣伝のために製作した文化映画は、そもそも娯楽を目的として作っていないうえ、いわゆる名監督がいないジャンルです。したがって現在から観て、“文化資料”、“歴史資料”的な面白さはありますが、映画そのものとしての面白さは正直あんまりなかったりします。

特に、製作された当時の日本映画全体のレベルや、映画に対する日本社会の文化・教養レベルがわからないと、その映画が当時としてはどの程度のレベルの出来なのかも判断できません。

その点、こうした同時代の文化人や批評家の評論などが残っていれば、そのあたりの判断の助けになります。

 

また、当時の文化人たちが「日本を宣伝する」ことについて、どのような考えを持っていたのかを知ることもできます。「日本らしさ」あるいは「日本的なもの」とは何なのか?

そこで、今回は、『光画』に掲載されたコメントをかいつまんで紹介したいと思います。

 

まずトップバッターは伊奈信男。他の同人よりも多くの誌面を割いて批判しています。

先ず第一に製作者に問ひたいのは、一体真の日本及び日本人を紹介するのが目的なのか、或は真実ならざるものを紹介するのが目的なのかと言ふことである。

なかなかキツイですね。

伊奈の言う「真実ならざるもの」とは何のことなのでしょうか?

この映画によって表現された日本及び日本人は、決してその真実の姿ではない。(中略)二三の生産的場面を除いては、他はすべて飲食娯楽享楽の場面である。吾々は決してこのやうな生活をしてゐるのではない。

 

この映画に描かれている日本人の生活環境はきわめて裕福な階層のものです。都市の中産~富裕階級の人々が基準になっています。それは日本の現実からは大きくかけ離れているので、そのような意味で言っているのならその気持ちも分かりますが、どうやら伊奈が言っているのはそういう点ではないようなのです。

 

この映画に於ては日本人の私的生活の場面のみ徒に多く、公的生活の場面の殆どない事を挙げることが出来る。(中略)また日本には外国の場合のやうに全国民的な宗教的祝祭はないかもしれない。しかし地方的な神社仏閣の祭典等は数多くある。(中略)これらを背景として、日本人の生活と日本の風景風物が織り込まれてゐないといふことは、真実の姿の歪曲化であり、この映画の最大の欠陥の一つである。

 

伊奈は、このあとに「貧弱なるスキーの場面などに貴重なるカットを数多く浪費する」ことを止めて、「日本的な感情を表現するに適合した数多くの新しい場面を挿入する」ことを勧めています。彼の要求は、もっと日本独特の風物や文化的行事の場面を入れることでした。ここで言う「スキーの場面」とは一例で、つまり日本でも欧米でもさして変わりのない文化を入れるくらいなら、“日本的なもの”をたくさん入れろ、という要求なのです。

これについては、観光局側の製作意図を私が代弁(?)しておくと、この手の観光映画の目的の一つは、欧米人に日本旅行の快適さを伝えることでもあります。あまりにも日本独特の風習など異文化を強調すればかえって敬遠される可能性もあり、欧米人がリゾートを楽しめる適度に欧風化した環境を提供できることもアピールする必要があるのです。

 日本的なものをたくさん映画に盛りこむことは、実はけっこう諸刃の刃でもあります。

 

木村伊兵衛と野島康三は、写真家らしくもっぱら撮影のアングルや露出、ライティング、対象の選び方といった点について激しくダメ出しをしています。

木村が、「例えば風景なら、前景に木とかすゝきとかを置いて撮すといふやうに、古い芸術写真の構図を常套手段にしてゐる」と批判するなら、一方の野島も、「汽船とか汽車に限って、特に新興写真のやうな撮り方をするのも全体の調和を破って見苦しい」と批判しています。彼らがもし映画の撮影をすることがあったなら、どんな映像を撮影したのか、見てみたかった気がします。

 

原弘も「殆ど駄目である」と身もふたもなく言い切っています。しかし、映画タイトルの字幕の書体に注目し、「大さの点は、もっと考ふべき余地がある。もっと短いタイトルが必要である」等と述べているところが、いかにもタイポグラフィ研究の第一人者だった原らしい。ここで言っているタイトルは英語タイトルのJapan in Four Seasonsのことですね。

 

山内光のコメントは、短いながらも示唆に富んでいます。

この映画はあまりに不用意に製作されてゐる。極めて低度の日本の常識によって見られた日本であって、外国人の眼を以て視、外国人に対する効果を強調するといふことを理解してゐない。要するにそれは製作者が、真の日本人の生活を知らない所に由来してゐる。

 

松竹蒲田の映画俳優だった山内光は、本名・岡田桑三 といい、1920年代にベルリンに留学し、村山知義と交流し、ドイツの前衛美術や写真・映画について吸収してきた人物です。また戦時中は対外文化宣伝にたずさわったり、戦後、数多くの科学映画を製作しプロデュサーとして名を馳せました。ちなみに岡田桑三については、川崎賢子・原田健一『岡田桑三 映像の世紀』(平凡社、2002年)という大著があります。

謎めいたところのある人物ですが、なんと4分の1、英国人の血を受けていたそうです(確かにちょっと彫りの深い顔立ちをしています)。

 

で、こういうプロフィールの人物が、「極めて低度の日本の常識によって見られた日本であって、外国人の眼を以て視、外国人に対する効果を強調するといふことを理解してゐない」なんて言っていると、妙に説得力があります。

 

いちおう言っておくと、『日本の四季』にも相撲とか“エキゾチック・ジャパン”を強調するような映像はいくつか挿入されているのですが、山内(岡田)が求めているのはそういうものではないようです。

 

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『日本の四季』より。このころは土俵の四隅には柱があったんですね。

 

今回紹介した『光画』同人による上記の批判を踏まえたうえで、次回は、画家の藤田嗣治が監督し、当時、批評家や関係者からなぜか“フルボッコ状態”になってしまった『現代日本』という問題作について紹介したいと思います。

 

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