Nipponの表象

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藤田嗣治の対外文化宣伝映画『PICTURESQUE JAPAN(風俗日本)』:外国人目線で作ったら...こうなった?!(其の3)

まるきり不評だった藤田の映画「風俗日本」ですが、果たして藤田自身はそのことをどう思っていたのでしょうか。それとも、彼にとってはそんなことは“想定内”だったのでしょうか。

藤田嗣治の対外文化宣伝映画:外国人目線で作ったら...こうなった?!(其の2) - Nipponの表象

 

フジタが描いた日本の表象

  澤村勉の批評「現代の日本」(『映画評論』131号)は、藤田嗣治という芸術家の本質について鋭い洞察を示しています。

 

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 『現代日本』シリーズ・藤田の「風俗日本」の一場面。床屋にて頭を刈る田舎の子供。

 

澤村は『現代日本』のうち鈴木重吉が監督した4篇に関しては、国際映画協会が欲しているものを、過不足なく器用に、論理的にまとめあげていることを評価し、ひとまず及第点を与えています。その上で、もう一方の藤田の5篇に対しては、かなり辛辣に批判しています。

ところが、藤田嗣治の五巻は、思ひ切って様子が違ってゐる。国際映画協会のイデオロギイがどうであらうと、そんなことには一向にお構ひなく、あの、所謂「道徳」を踏みにぢった藤田嗣治の人間が、野放図に振舞ってゐる。誰に遠慮もなく、白日のもとで、実に大っぴらなのである。

 

 澤村が具体的に批判している映画の各部分は次のとおりです。

『子供日本』では、藤田嗣治が一昨年の二科へ出品した「北平の力士」そっくりのグロテスクなメイク・アップをした子供が、これも同じやうにグロテスクな男の紙芝居に興がり、城の石垣を背景に棒切れの剣戟を始め、切腹の真似を演じてみせる。

『娯楽日本』では二人の娘が、芝居や東をどりなどを観てまはり、(中略)外国人を真似た実に変妙この上もない表情をしてみせる。

『都会日本』では、(中略)浅草の俯瞰から突然、阪東妻三郎の剣戟映画が何の前振れもなく挿入される。遂に藤田嗣治自身が泥棒になって現れ、警視庁の新撰組の出動となり、横浜の波止場で、変装して密航しようとする間際に掴まへられるといふ始末である。

 

澤村には藤田の「風俗日本」は、「すべてがかういふ調子である。それが何のきっかけもなく始まり、何のきっかけもなく終る。理路もなく、常識もなく、藤田嗣治のとぼけ返った意志にまかせて」と見えました。

要は、とりとめがない映画ってことですね。

 もう一方の鈴木重吉がいわゆるプロの映画監督だっただけに、映画の基本を無視した(ように見える)藤田のやり方は、かなりいい加減(野放図)に感じられたようです。

 

カメラと豊かな費用を与へられて、藤田嗣治は羨ましい位いい気持である。ふんぞりかへって、大の字なりに天地へ寝ころんでゐる。われわれ行儀のいゝ観客を前にして、空が青いのはなぜだらうなどと独りで呟いてゐるやうな格好である。その格好を、われわれは最初冷笑する。哄笑し、爆笑し、噴飯する。

藤田嗣治などに、まともな映画をつくられて耐るものかと思ふ。

 

藤田に対する反感が文面から伝わってきます。

しかし、澤村が他の批評家たちと違うのは、その後、違う視点からこの映画について考えてみる余裕があったことです。

 

ところが、五巻を噴飯し終ってしまふと、どうもこれは可笑しいぞと警戒しはじめる。藤田嗣治を笑ってゐるのか、藤田嗣治に笑はれてゐるのか、あやしくなり、自信がなくなって来るのである。冷笑し噴飯したつもりで居りながら、結局は藤田嗣治に笑はせられてゐたことに気付くのである。われわれを心の底から爆笑させたものが、やはり、藤田嗣治の芸術家の一端であることに気がつく。鈴木重吉の作品の方は、あゝそうかと思ふとそれで終るが、この方は、おかっぱにロイド眼鏡のとぼけかへった藤田嗣治があとまで残るのである。

 

いわゆる、“馬鹿にしているつもりだったら実は馬鹿にされていた”、というやつです。

澤村は、藤田の映画を単なる駄作・劣作と一刀して終わるのではなく、ひとクセもふたクセもある性格の藤田が、官製映画を大人しくお上の言うとおりに作る訳がないではないか、という鋭いツッコミを入れます。

澤村の指摘は納得できるものがあり、藤田嗣治という人は、いまふうに言うならば相当キャラが濃い人だったようです。そして良くも悪くもその独特の個性は周囲に波風をたてがちだったようで、映画のみならず彼自身のキャラクターに対する批判まで湧き起こってしまいます。

 

フジタとは何者なのか:キャラクターへの反発

例えば前述の兼子慶雄は、映画について論じるよりも先に、まず監督たる藤田に対する遠まわしの批判から始めます。

この悲劇は、此の映画の為めに選ばれた二人の監督の中の一人が、秋の陽を一杯受けながら頓狂なメキシカンか何かの扮装をして、先づ手馴らしに都会の俯瞰をといった調子で撮り始めた或るビルディングの屋上から既に始まってゐるのである。否、厳しい観方をすれば、斯うした危険性の充分ある者を監督にしようと、本映画製作関係の最高スタッフが頭に浮べた時から始まってゐる、と云へない事も無いかも知れない。

 

また上野一郎はこんなふうに書いています。

彼は、何処かで「日本へ帰って来て驚くのは家屋である。こんな家に住んでよく生きてゐられるものだと感心する。」といふやうなことを書いてゐたが、ぬけぬけとかういふことをいふ人物に、「現代日本」を描かせたら、どんなものが出来上るか、凡その想像は出来ようといふものだ。

 

澤村もまた、批評文の最後をこんな言葉で締めくくっています。

藤田嗣治も、協会の映画をつくり乍ら、よくあれだけ気儘勝手に振舞ったものである。もっとも、私は、藤田嗣治の不作法そのものは、少し反省の足りないところが気になって、あまり好意はもてないのだが。

 

 “愛されキャラ”の真逆をいく“憎まれっ子キャラ”かもしれません。

 

 日本人は真面目が好きです。あと、ものごとを茶化したり、まわりをからかったりする人間が基本的に嫌い。藤田が「風俗日本」で描いた“フジタの日本”は、多くの日本人には日本を馬鹿にしているように感じられたのかもしれません。

 

「国辱」とは、もちろん第一義的には「国に恥をかかせる」という意味ですが、この場合「国を馬鹿にしている」という意味もありそうです。

 

作者が自分の映画作品中に顔を出すというと、コクトーが『詩人の血』でやっていた気がします。ブルトンなどフランス・シュルレアリスムの芸術家も、前衛映画や演出された写真などに芝居っ気たっぷりの様子で登場しています。

 

藤田も、そんなノリだったのでしょうか。

 

もしそうだとしたら、藤田にとって不幸だったのは、当時の日本では文化人や国際派知識人といったハイソサエティな階層の人々にすら、そんな“芸術的ウィット”を受け入れる余裕などなかったことでしょうか…。 

ともあれ、長年の外国暮らしでそうなったのか、それとも元からそんな性質だったのかは分かりませんが、外見は日本人だけど中身は外国人だったフジタが「日本」映画を撮れば、“純日本人”から総スカンを喰らう可能性(危険性?)は充分あったわけです。

 

ただし、これはもう一方ではある種の可能性も秘めてもいます。つまり、日本人には不評だけど外国人には評判がいい映画となったかもしれない可能性です。

 

 しかし、この可能性は試されることはありませんでした。

 

澤村は上記の評論の中で、藤田の映画の海外輸出を「検閲が許可するかどうか、極めて疑わしい」と予測していますが、事実、『現代日本』は内務省の映画検閲において輸出許可が出なかったようです。

 

笹木氏の報告「藤田嗣治監督の映画『風俗日本』」によると、この映画の完成後、「国辱的作品」と非難が始まり、美術批評家協会では会議を開いてこの映画への対応を協議したようです。1937年3月27日、同協会は、「同映画は芸術的価値高く、行き詰まれる対外日本文化紹介に、一新紀元を画するものとコミュニケに発表」しました。

さらに4月14日には、美術批評家協会は文芸・美術・映画の関係者を招き試写会を開き、その後この映画の輸出の是非を問う記名式の投票を実施しています。

藤元論文によれば、東和商事の事務室に大宅壮一、栗原信一、飯島正らを招いて試写会が開かれ、さらに23日には築地小劇場で公開試写会と投票が行われました。結果は、来場者の約3分の1にあたる107人が投票し、無効5・絶対支持53・条件的支持17・反対32と、藤田を支持する結果となり、美術批評家協会は輸出促進の建議書を内務、外務の両省に提出することになったとか。

そして美術雑誌『アトリエ』の5月号では、保坂富士夫が〈果たして国辱か、藤田嗣治氏の映画「風俗日本」〉と題して意見を述べています。

上記の経過を見るに、美術界は藤田の映画に対し、比較的好意的だったと思われます。映画業界人たちのの冷ややかな反応とは正反対ですね。

 

興味深いことに、一部の封切館では上映されました。松竹洋画系のSYチェーンが5月27日から『無敵艦隊』(イギリス映画)『港の掠奪者』(フランス映画)という劇映画に併映させる形で『現代日本』の藤田の「子供日本」「婦人日本」「田園日本」「都会日本」を系列の二館で上映しています*1

どうやらこれは、この映画の話題性に目をつけた結果のようで、「果たして国辱か?他の評言より、貴方の厳正な御批判を待つ‼」などという煽り文句が広告に踊っています。いまで言うなら、炎上案件にわざと乗っかって観客動員を図るというパターンです。

 

果たして、この煽り文句に乗せられて多くの観客が足を運んだのでしょうか?そして、彼らはやはり「国辱」と思ったのでしょうか?

                           

 今後の研究に期待します…。

藤田嗣治の対外文化宣伝映画:外国人目線で作ったら...こうなった?!(其の1) - Nipponの表象

*1:藤元論文