Nipponの表象

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まぼろしの映画:国際文化振興会製作『興亜三部曲』(1939年)

戦前の国際文化振興会(以下KBS)の文化事業は、1940年前後を境に大きく方向転換しました。彼らの対外宣伝活動の対象国は、1930年代は主に欧米先進国であり、「欧米における対日イメージの改善」が主たる目的でした。したがって1930年代に作られた映画の多くは、華道や茶道など日本の伝統文化を見せたり、陶磁器生産や日本傘の制作工程を見せたり、あるいは学校教育や都市生活など近代化された日本社会を見せるものがほとんどです。

そうした「宣伝映画」は意外に現存していて、国立映画アーカイヴや国際交流基金で観ることができます。

 

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しかし、1937年からの日中戦争の長期化と1939年の第二次世界大戦開戦という時代の変化から、KBSは1930年末頃にはそれまでとは異なる方向性の映画を作るようになりました。

 能や華道、日本庭園などを見せる欧米向けの「日本文化紹介映画」から、アジアの占領地を意識した「日本の国力・国情の宣伝映画」へ変っていくのです。

 

今回紹介する映画は、そうした流れの中で中国を意識して1939年に作られた、『興亜三部曲』です。

 

残念なことにこの映画の現存は確認できません。実のところ、アジアの占領地向けの映画のほうが興味がそそられますが、そちらのタイプの映画の多くが観られないのです。やはり、敗戦時のドタバタの中で急いで処分されてしまったのでしょうか?

 現状、これらの映画については、雑誌などの紹介記事から細々と情報を集めていくほかないようです。

 

KBSの機関誌『国際文化』に掲載された記事から、『興亜三部曲』とはどのような映画なのか、紹介したいと思います。

 

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 『国際文化』第6号(1939年10月)より。「興亜序曲」の一場面。「一行の東京駅到着時に於ける女学生の歓迎」

 

この映画は、中国の三つの訪日視察団の様子を追った記録映画です。

 まず一つ目の視察団は、3月に来日した「北支経済視察団」。これは日本占領下にあった華北を統治した中華民国臨時政府の実業部総長王蔭泰(おういんたい)・同政府参議・北京市商会主席ほか経済界の首脳者約30名で構成された視察団で、「日支経済の提携をかゝげて来朝した」とあります。

 

 次は、4月下旬に来日した「親善使節」。こちらは親日政権だった中華民国維新政府の立法院長・温宗饒(おんそうぎょう)と内政部長・陳羣(ちんぐん)両氏の来日のことです。

 

三つ目が、6月下旬に来日した広東治安維持会副委員長・呂春榮夫人を団長とする広東の上流階級婦人10名で構成されたグループです。

ちなみに治安維持会とは、日中戦争の期間中、日本軍が占領した地域に設置された治安維持を目的とする行政組織のようです。天津市や北平市にもあったようですね。

 

以上の三団体に同行してその旅程を追ったのがこの映画で、三部構成になっており、それぞれ「北支の経済」、「中支の政治」、「南支の婦人」がテーマになっています。

 

それぞれの内容を、映画紹介記事「日支を結ぶ記録映画『興亜三部曲』」(『国際文化』第6号)から要約して以下に紹介します。

 

第一部:「興亜序曲」

映画は「北支経済視察団」一行が平京(北京?)を出発するところから始まり、日本各地を視察し、日本を離れるまでを追っている。便宜上、日時順ではなく事柄ごとにまとめてある。

伊勢神宮に参拝する場面や、宮城前を行く場面もあった。

視察場所には、旅客機の製作所や八幡製鉄所、川崎造船所なども含まれているが、これは軍部了解の下に撮影された。これらが映画に撮影されたのは今回が初めてである。

他に、東京駅に到着した一行が民衆から熱狂的に歓迎される場面や、劇場で一般観客から期せずして歓迎される場面、それらに対して一行が感激する場面などがある。

以下、『国際文化』第6号の紹介記事より抜粋。

まさに偽らざる日支親善の劇的絵巻物を繰りひろげてゐる。

この映画の主体をなすものは、さすがに「日支合弁に依る北支開発は我等の責務である」と力強い抱負を語った一行だけに、我が国産業界の目覚しい躍進振りと日支間の精神的共力がそれである。

 

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『国際文化』第6号(1939年10月)より。「興亜序曲」の一場面。「日本及び北支の済界巨頭を一堂に会す工倶楽部招待懇談会」

 

第二部:「中支要人訪日記録映画」

中華民国維新政府を代表する温宗饒と陳羣の二要人が親善使節として来日した際の記録映画。当時の外務大臣・有田八郎や陸軍大将・松井石根との懇談場面がある。

その他、在日中国人の歓迎会に出席したり、湯島の孔子廟を訪れる場面がある。

自然日支間の政治的交渉の断片を窺かせてゐる。

その他在留華僑の歓迎会に臨んで二要人が強調する日支共力の談や又湯島の崇粛たる孔子廟を訪れ、今は荒廃の影を宿す自国の孔子廟に比較し、今更ながら日支間に於ける不可分の文化関係に驚く等は興味深いシーンである。

 

第三部:「広東上流婦人訪日映画」

‟女性目線”で、銀座や各地の観光地の様子や、女学校の視察、婦人団体との懇談などの場面を撮影。

これは日本とは一体どんな処かと、やさしい婦人の目がカメラになって撮しとった日本である。何処の国でも御婦人は買物がお好きと見えて、まずデパート、銀座が画面を賑はす、次いで活発たる意気を示す銃後の花の訓育見学のため女学校の視察、婦人団体との懇談等に始り、東京を離れて、名古屋、京都、神戸と観光の旅を続ける、戦争にびくともしないなごやかな日本の姿である。

 

こうして並べてみると、何だか第三部の映画だけ、内容もさることながら記事の書き方も適当な感じですね(笑)。

 

第一部・二部は中国の有力な人物を通して日中関係の親密さを強調する思想宣伝、第三部は裕福な上流婦人たちを通しての観光紹介という位置づけなのでしょうか?硬軟とりまぜて変化をつけようという意図なのかもしれません。単純に、女性が登場すると映画が明るく華やかになるということもあるでしょう。

 

『興亜三部曲』は、中国語のナレーションと字幕を付けて、陸軍報道部を介して中国各地に配給される予定と記事にはあります。KBSでは多少編集を変えて、他の言語版も製作し、いずれは東アジア全般へ配給することも視野にあったようです。

 

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