NIPPONの表象

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文章で教える絵画術:1949年の『美術手帖』から――近代絵画の構図、絵具の生かし方について(第21号)――

この頃の『美術手帖』が、初心者からプロ志願者までの幅広い読者に対する‟ハウツー本”の役割を果たしていたことを先の投稿で書きましたが、そうした記事の執筆者に、画壇の重鎮といってもいい著名画家たちも名を連ねています。

有名画家が直々に創作の秘訣を教えてくれるわけですから、人気記事だったことでしょう。そして意外にも、というと失礼かもしれませんが、それらの記事は論理的・具体的な内容が多いのです。

 

黒田重太郎の「近代絵画の構図」は、モネ、ドガゴーギャンなどの作品を例にあげて画面構成の比率を見たり、垂直線・水平線・対角線など細かく分割して検証するなど、出来るだけ理論的に構図を分析しようとしています。

感覚的な言葉で説明するのではなく、客観的な言葉で説明しようとしているのが窺えます。といっても、この記事が絵画学習者にどれほど実用的であったかどうかは、正直分かりませんが…。

 

この記事ページをめくると次に現れるのが石井柏亭「絵具の生かし方について」です。

「素人や初学者は、上へ上へと塗り重ねられるために油画の技法が水画のに比べて樂であるように考えがちであるが、それはとんでもない間違いである」という一文が始まり、もしかしたら油絵なら自分でも描けるかも…などと考えてる初心者の甘い考えをいきなり打ちのめします。プロの厳しさですね。

 

素人や初学者は、上へ上へと塗り重ねられるために油画の技法が水画のに比べて樂であるように考えがちであるが、それはとんでもない間違いである。寧ろ其逆に上へ塗り重ねるところに面倒が起ると思わねばならぬ。

油画は大体に於て一気に一遍描きにした場合絵具が生かされるということは動かせない。すなわち乾かないうちに仕事するか、よく乾かした上に絵具を重ねるかしたのがよく、其中間半乾きの上に絵具を重ねるのが一番悪いと云うことになる。

 

具体的で分かりやすい説明です。この後、さらに具体的に自分自身がやっている方法を細かく説明しています。純粋に技法的な話が中心なので、読者が特に石井柏亭の作品のファンでなくとも、参考にできそうです。

 

石井の記事の次には「絵具の生かし方についての質問」と題して、山下新太郎と脇田和に、それぞれ八項目の同じ質問をして、彼らが文章で回答を寄せています。

 

1 絵具はまずく混ぜるとすぐ濁るが、絵具のもつ、個々の性格を生かすにはどうしたらよいか。

2 薄く塗る場合、厚く塗る場合。

3 溶き油はどう利用したら油絵具の特性を生かすことができるか。

4 色を生かす為に、地塗はどんな関係をもつか。

5 絵具の光輝性、強さ、を生かすにはどんな方法があるか。

6 つや消しの色の場合の方法。

7 純白と白色との関係。

8 ブラックの特質…等々。

 

 

質問自体がかなり専門的に思えます。絵でも描いてみるか…という初心者ではなく、既にそれなりに描いてきた人に向けた内容にみえます。

この質問に対し、二人の画家もかなり詳しく回答していて、技法の説明としては読みごたえがあります。

 

こうした記事がそれなりの頻度で掲載されていることから、つまり、この頃の『美術手帖』の読者とは自分自身が絵画を制作している人たちが多く、彼らが技法や美術的知識を求めてこの雑誌を購入していたのではないか、と推測できます。

現代の『美術手帖』の読者は美大の学生などが多そうなイメージですが、この頃はどうなのかーーー。何しろ多くの日本人が食べていくことに精一杯であった時代なので、なかなか読者層が具体的イメージとして浮かびにくいところがあります。

 

画家たちも困窮していた人は多かったんじゃないでしょうか。裕福なイメージの吉原治良でもポスターや雑誌の表紙など描いて当座をしのいでいたようですし。

 

社会に余裕がない時代は、世間は芸術・文化を「役に立たない」と切り捨てがちです。そういう時代にこの雑誌が、美術家たちの精神的な支えになっていたことは確かでしょう。